これからの薬剤師

これからの薬剤師

信頼される薬剤師像とは?


1980年代から約20年間、2001年9月11日まで、アメリカにおいて薬剤師は「信頼される職業No.1」の地位を獲得・継続しました。その後薬剤師に代わってトップの座に就いたのは消防士であり、それに次ぐ地位を得たのは看護師です。


薬剤師は決して地位を下げたのではなく、あの、すべての人の記憶に残る事件で消防士や看護師が命を賭して活躍する姿に人々が感動を覚えたからに他なりません。アメリカと日本、法律や国民性は異なりますが、何が人の心を打ち、信頼の基となるかにおいて、極端な相違はないような気がします。
薬剤師は今も尚、「最も信頼される職業の一つ」と考えて良いわけです。

アメリカで薬剤師が信頼され続けている理由とは?


アメリカでは、いち早く薬剤師の6年制教育に取り組んでいます。
6年制課程の卒業生が活躍を始めたのは1990年代後半になってからだという事実に、容易に裏付けられます。
実はもっともっとはるかに地味な、それでいて身近な存在であり続けたことにその最大の要因があったことを、私たちは知らねばなりません。


アメリカの医療では、プライマリーケアは薬剤師が担当していると聞きます。薬剤師の存在が最も身近で、社会の人々への貢献度が高いからこそ信頼を得ているいうことです。


アメリカで華やかな仕事と言えば、政治家、実業家、弁護士、医師がその代表でしょう。
しかし彼らは高収入や権力故に「憧れの職業」に成り得たとしても、「信頼される職業」には程遠いのです。
医師や弁護士に相談を持ち帰ればそれこそ「1分いくら」で請求書が届きます。
それが高収入の基礎になっているわけですが、その点、薬剤師はドラッグストアの店頭でいつもにこやかに私たちを迎えてくれ、相談には「笑顔で喜んで」「無料で」応じてくれるのです。


アメリカではある程度の収入が無ければ、医師の診察を受けることも難しいです。確かにそのような社会では、薬剤師の必要性は高いはずです。しかし、プライマリーケアを薬剤師が担うということは、薬剤師に内科医と同程度、またはそれ以上の知識とコミュニケーションスキルが必要になります。


アメリカの薬剤師は、日本の従来の薬剤師に比べてはるかに幅広く深い医療に関する知識を持っていて、それがベースにあることはもちろんですが、そのことは当然のことであって、その知識を、我々の日常生活に生かしてくれることに価値があるのです。学生の皆さんも、大学のある教授がいかに研究面で優れた方であったとしても、その方が学生に伝える努力をなさらないとしたら、決して優れた教育者と呼ばれないことをご存知のはずです(だからと言って、学生が自分の「知る努力」をおざなりにしてはいけません)。


日本の6年制カリキュラムでも5年生以上は、コミュニケーションスキル向上に大きなウェイトが置かれています。
また、社会貢献をするために高い意識も必要とされています。
アメリカでは、私たちが店頭で相談したからといって、そのために薬剤師から料金を請求されることはありません。
保険制度の違いもありますが、相談に乗ることは何ら直接的に経済的メリットをもたらさないのです。
薬剤師は「薬物療法を通じて生活者のquality of lifeを向上させる」ことが仕事であって、「薬を売ること」や「相談にのること」で収入を得るのではないと、学生時代から徹底的に教育されます。
そのようなプライマリーケアを担う薬剤師としての精神教育もすでに行われています。


アメリカでは入学する段階で、また、進学する段階で、学生が高い意識を持っています。日本では、理想や高い意識を持って入学する学生もたくさんいますが、「何となく」、「資格が欲しいので」、「親の勧めで」という薬学学生も多いと思います。
この徹底的な動機づけ、意識付けが質の高い薬剤師を生み出しているのです。


アメリカで数万人いる薬剤師が、企業に勤める者としてどんなに利益をもたらす薬剤や医療行為があるとしても、プロの医療人として、目の前にいる患者さん(相談者)にベストと自分が信じる行為を実行することを優先している。
「患者にベストを尽くすこと」これが根底に無ければ、これほどの「社会からの信頼」を得ることは難しいでしょう。

信頼の裏づけとは?


「身近な存在」は、薬剤師の生活者に対する姿勢だけで表現されるのでしょうか?答えは「否」であります。知識的・技術的な裏付けに加え、生活者の健康の悩みに直接触れることのできるポジションを、長年にわたって築いてきたことを忘れてはなりません。


日本では近年、医薬分業が進み、患者様と薬剤師がコミュニケーションを取る機会が増えてきました。
しかし、これもここ十数年の話です。アメリカでは、日本よりも早くこういった患者様とのコミュニケーションが行われてきました。
ある薬剤師を「身近な存在」と感じる大前提は、その薬剤師に触れる機会が多いことです。たまたま病気をした時に一度だけあっても、「頼りになる」とは感じても、「身近な存在」にはなりえません。


身近で頼りがいのある薬剤師になるプロセスは3つあります。
まず、第1のプロセスは、「調剤とOTC、健康食品の総合的なアドバイスができる」ことです。
服薬指導だけでなく、OTCや健康食品、サプリメントなど、セルフメディケーションに関する相談に乗ることで、圧倒的に薬剤師とのふれあいのチャンスが増えるからです。


第2のプロセスは、「予防医療への関わり」です。
予防医療は、患者のQOL向上にも重要ですが、もう一つ、経済面でも大きな効果があります。
何よりもまず、大きな疾病を予防し、元気な長寿を実現し、結果として医療費も抑制できるということを暗示してはいないでしょうか。

第3のプロセス、それは、「介護」です。より実情に近い言葉で表現すると「在宅」というのが、私たちの取り組むべき課題です。
つまり、それほど日本の医療財政は逼迫しているのだ、とご理解下さい。ある患者さんが病院という名の、医師、看護師を常駐させた環境に置くのと、家庭にいるのでは大きなコスト差が発生します。医師のサポートを受け、看護師やヘルパーが常駐する介護施設にいるのと、家庭を比較しても同様です。


現在国は、入院日数を削減する施策を進めています。
わかりやすく言えば、癌の手術を待つ患者には手厚い体制が必要ですが、手術を済ませた人はがん患者ではなく「外傷が癒えるのを待つ」人と考えるわけです。そこで求められる看護体制は、間違いなく異なります。さらに言えば、何か変化があった時の体制さえ担保すれば、在宅でも良いということになります。また、入院そのものを減らすことにもつながります。
もちろんそこでは、薬剤師だけではなく、医師や訪問看護、社内でも栄養士などとの連携が発生します。

アメリカの制度と薬剤師

日米間で様々な違いは存在しますが、薬剤師の立場の違いを最も象徴的に表すのが「Refill(リフィル)」です。
Refillとは処方箋の繰り返し利用を可能にする制度で、糖尿病や高血圧など慢性疾患において、毎回医師の診察を仰ぐことなく、最長2年間、薬剤師の責任で医薬品を提供する制度です。また、薬剤師は必要に応じて処方箋の書き換えすらできる場合があります。
日本の薬剤師は、処方権はもちろんのこと、疑義照会は行っても書き換えはできません。


患者さんの立場からすると、毎回ドクターに会う(診察を受ける)事の最大の負担は「時間」です。多くの場合、勤務を抜けて午前中に来院することになりますが、特に慢性疾患においては、そこで重要な問診が行われることは少ないのです。
「お変わりありますか」「いえ、特に」「それではいつものお薬を出しておきましょう」という展開を経験された方は多いでしょう。
その際、診察料というコスト、再度薬をそろえるコストがかかっていることも忘れてはなりません。





慢性疾患の患者様にとってこのやりとりは、時間、経済コストの面での負担が大きいのは、日本もアメリカも同じです。
Refillの制度が施行されれば、患者様は必要なときに薬局に薬をもらいに行くことができます。もはや、病・医院の都合ではなく、自分の都合でスケジュールを組み立てることが可能になります。
ただし、その際、薬剤師は大きな判断を下さなければなりません。
ある病気が進行するとき、治るとき、現われる症状を知らなければ、その薬を連用してよいかどうかの判断がつきません。
すなわち臨床(病理)が必要になるのです。薬の増減や処方変更など、きめ細かい知識も必要です。長期に及ぶ治療では、体調・体質の変化や併用薬の問題もあります。
こうしたことをうまく聞き出し、適切な処方を考えた上で、患者様に納得してもらい、きちんと飲んでいただいて、メディケーション(ファーマシューティカルケア)を完成させなければなりません。
この時には、高い「コミュニケーション力」が要求されます。
アメリカではこのコミュニケーションスキルを向上させるためのプログラムが多く組まれており、徹底した教育を行っています。
薬学教育も大きな変革期を迎えており、6年制のカリキュラムでは、アメリカと同様に「コミュニケーションスキル」の向上にウェイトを置いたものとなっています。

 

資料提供:薬剤師国家試験 予備校 Medisere(メディセレ)